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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)222号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人長畑久辯護人吾野金一郎上告趣意について。

しかし、原判決は、食糧管理法及び物價統制令違反の連續した想像的數罪を認定し、法律の適用にあたり所論のように刑法第五四條第一項前段、第五五條、第一〇條を適用して、食糧管理法第三一條(昭和二二年一二月三〇日の改正前の規定、以下同じ。)の所定刑と物價統制令第三三條の所定刑とを對照し、犯情により前者の刑を重しとし、これに從って處斷したものである。所論のごとく、前者の法定刑は、一〇年以下の懲役又は五萬圓以下の罰金であり、後者の法定刑は、一〇年以下の懲役又は一〇萬圓以下の罰金である。そして共に懲役と罰金の選擇刑又は併科刑であって、懲役は長期及び短期が同じである。両者の異る主要點は、ただ罰金の多額について、前者は五萬圓であり後者は一〇萬圓である一點に歸着するのである。

そこで、刑法第五四條第一項において、一個の行爲にして數個の罪名に觸れるときは、その最も重き刑をもって處斷する旨を規定している重き刑という意味は、刑を抽象的に比較對照して數個の罪名に科せられた數個の法定刑の中最も重い法定刑を指すものであって、具體的に判斷せられるいわゆる處斷刑の輕重によるべきものでないことは明かである。そして、主刑の輕重については、刑法第一〇條に規定されている。(一)まず主刑の輕重は、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料の順序によるものとし原則としては刑種によって輕重を定めている。しかし、例外として(二)無期禁錮は有期懲役より重いとせられ、(二)有期禁錮の長期が有期懲役の長期の二倍を超えるときは、禁錮をもって重いとせられている。次に、同種の刑の輕重については、(イ)長期の長いもの又は多額の多いものをもって重いとせられ、(ロ)長期又は多額の同じものは、その短期の長いもの又は寡額の多いものをもって重いとせられ、(ハ)二個以上の死刑の場合、同種の刑で長期も短期も同じ場合又は多額も寡額も同じ場合には、犯情により刑の輕重を定めるものとされている。從って、單獨刑については、異種の場合においても、同種の場合においても、すべて前述する刑法第一〇條の規定によって、殘る隈なく完全に輕重を對照決定することが容易にできる譯である。しかし、ここに問題となるのは、併科刑又は選擇刑について刑の輕重を對照する場合である。すなわち、一つの併科刑を他の併科刑、選擇刑若しくは單獨刑と對照する場合又は一つの選擇刑を他の選擇刑、併科刑若しくは單獨刑と對照する場合においては、いかなる方法によるべきかという問題である。しかるに、刑法第一〇條はこの問題について直接的な規定をしていない。そこで同條の解釋としては、(一)併科刑又は選擇刑の場合には、その中にて重い刑のみについて對照をすべきであるという考え方と、(二)二個以上の主刑の全體について對照をすべきであるという考え方とが生ずるのである。前者はいわば重點的對照主義であり、後者は全體的對照主義である。今本件の場合を例にとれば、前説では、輕い罰金刑を度外視して重い懲役刑のみについて對照すべきであり、その懲役は長期も短期も同じであるから、刑法第一〇條第三項に從い犯情により刑の輕重を定むべきこととなる。これに反して後説では、懲役が長期も短期も同じであるから、さらに罰金の法定刑をまず多額につき對照して多額一〇萬圓の物價統制令違反罪の刑を重いとし、これをもって處斷すべきこととなる。思うに、(い)刑法第一〇條第一項本文においては、刑の輕重を刑種を標準として定めているが、これは一應の標準であって無期禁錮は禁錮ではあるが有期懲役より重いとせられ又有期懲役の長期の二倍を超える長期を有する有期禁錮は、禁錮ではあるが有期懲役より重いとせられている。すなわち、刑の輕重を定めるには、刑の種類のみによるばかりでなく、刑の量もまた考慮に入れられていることが十分窺い知られるのである。又(ろ)同條第二項によれば、同種の自由刑については長期の長いものを重いとし、長期の同じものは短期の長いものを重いとせられている。すなわち、自由刑の輕重を定めるには、重い長期のみによる重點主義ばかりでなく、短期もまた考慮の中に取り入れられ、刑全體として對照せられている。(は)同様に、同種の金刑についても多額の多いものを重いとし、多額の同じものは寡額の多いものを重いとせられいてる。すなわち、金刑の輕重を定めるには、重い多額のみによる重點主義ばかりでなく、寡額もまた考慮の中に取り入れられ、この場合も刑全體として對照せられている。從って刑法第一〇條がかくのごとく刑の輕重を定めるに單獨刑全體として比較對照する主義に立っているところから推理すれば併科刑又は選擇刑の場合においても同樣にまずその中の重い刑について對照し、重い刑が全く同じであるならば、さらに順次輕い刑について對照すべきであるとする全體的對照説が刑法第一〇條の解釋としてはむしろ常識的であり、合理的であり、動かぬところであると言わねばならなぬ。されば、刑法第一〇條の解釋として直ちに併科刑又は選擇刑の場合において、その中で重い刑のみについて對照すべきであると主張する齋藤裁判官の説にはたやすく賛同することができない。

ところが、ここに特に注視すべきは、刑法施行法第三條の規定の存在である。同條第三項においては「一罪ニ付、二個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ、又ハ二個以上ノ主刑中其一個ヲ科ス可キトキハ、其中ニテ重キ刑ノミニ付對照ヲ爲ス可シ。」と明定している。この規定は、おそらく刑法施行前に犯した旧刑法の罪につき、刑法施行後裁判をなす場合に、「犯罪後ノ法律ニ因リ刑ノ變更アリタルトキハ、其ノ輕キモノヲ適用ス」とある刑法第六條の規定の運用上、常に新旧刑法の法定刑の輕重を比較對照する必要性に基き、これを主眼として制定せられたものではあろうが、それと同時に、「一個ノ行爲ニシテ數個ノ罪名ニ觸レ、又ハ犯罪ノ手段若クハ結果タル行爲ニシテ他ノ罪名ニ觸ルルトキハ、其最モ重キ刑ヲ以テ處斷ス」とある刑法第五十四條第一項の規定の運用上、法定刑の輕重を比較對照する必要のある場合にも、前記施行法の規定は少くともその規定の精神適用を見るものと解すべきである。けだし、同條項は、併科刑、又は選擇刑の場合に、刑の輕重を定むるための對照手續を規定したものであり、その表現は廣く一般的であって特に新旧刑法の刑の對照のみに限定したものではないからである。又同條項は、刑法施行法であるという點から、その内容は性質上經過的規定に過ぎないと説く者があるかも知れないが、これは當らない。必ずしも常に施行法中の総ての規定が、性質上當然經過的規定であるとは言い得ない。施行法中の規定で、當然本法中に置かるべきものも往々現実に存するからである。例えば、民法施行法第四條、第五條、商法施行法第一一七條、商法中改正法律施行法第三條のごときは、その適例であると言うことができる。要するに、刑法施行法第三條第三項の規定は、一般的に併科刑又は選擇刑の場合に、刑の輕重を定める重點的對照方法を規定したものと解すべきである。これは一に運用上の簡明と便宜に主眼を置いて重點的に定められたものと見るべきであろう。

さて本件において、原判決が、上記食糧管理法第三一條の法定刑と物價統制令第三三條の法定刑を對照するに當り、刑法施行法第三條の適用を明示しなかった瑕疵はあるが、結局併科刑又は選擇刑の輕い刑種の罰金を度外視しこれを不問に附して、重い刑種の懲役のみを對照比較し、その長期も短期も同じであるから刑法第一〇條第三項を適用し自由裁量によって犯情により食糧管理法違反罪の法定刑に從い處斷したのは、固より適法であって所論のごとき違法は毫も存在しない。又論旨は、懲役及び罰金の併科を不相當なりとし、罰金刑のみをもって處斷すべしと主張しているが、量刑は事実審である原審の自由裁量權に屬し、量刑の不當を非難するのは上告適法の理由とならない。されば論旨は何れも理由なきものである。

少數意見 理由に關する裁判官齋藤悠輔の少數意見は次のとおりである。

元來刑の輕重については刑法第一〇條に規定を設けているから、同法第五四條第一項前段の適用上「其最モ重キ刑」を決定するにも右第一〇條によるべきこというを俟たない。今同條を見るに、その第一項には主刑の輕重は前條記載の順序に依る云々、とあり、その前條には死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料と記載してあって、右第一項但書に禁錮と懲役との間に限り特に例外を認めているに過ぎないから、刑の輕重は右但書の場合を除き原則として前記順序の刑の種類によるべきものとしたこと明白である。それ故前記刑法第五四條第一項の最も重い刑を定めるに當っても先づ最も重い種類の刑を比較刑とすべきものであるから比較すべき數個の法條が夫々二種以上の法定刑を併科的又は選擇的に規定してある場合でも先づ夫々各法條中の輕き種類の刑を除外して專らその最も重い種類の刑を採りその最も重い種類の刑を比較對照して輕重を定むべきである。そしてこの事はすでに刑法施行法第三條第三項において、「一罪ニ付キ二個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ又ハ二個以上ノ主刑中其一個ヲ科ス可キトキハ其中ニテ重キ刑ノミニ付キ對照ヲ爲ス可シ」と規定してその趣旨を明らかにしているのである(なお刑訴第二八二條参照)。

次にその比較刑が同一種類の刑である場合には更らに前記刑法第一〇條の第二、三項によるべきである。この規定によれば同一種類の刑の輕重は原則として長期又は多額を標準とし、長期又は多額の同じものは短期又は寡額を標準として決定すべく、二個以上の死刑その他同種同量の刑の場合には「犯情ニ依リ其輕重ヲ定ム」べきものとしている。その犯情により輕重を定めるとは或る学者の非難するように刑の輕重を定めるのに犯情の輕重に依るべしとの奇怪な意味ではなく、裁判官に對し犯情により同種同量の法定刑のいずれを重しとし、いずれを輕しとするかの自由選定權を與える趣旨であるから前記刑法第五四條第一項の最も重い刑を定めるに當り各同一法條に二種以上の法定刑を併科的又は選擇的に規定してある場合にその最も重い種類の比較刑がいずれも同種同量の刑であるときは犯情によりそのいずれの法條の刑を重しとするかを自由に選定する權限を與えたものといわざるを得ない。この場合に右選定權を排除して更らに併科刑又は選擇刑の輕重によるを自然的條理とする説は結局量と質とを混同するもので同質のものに異質のものを附加するも同質の量に何等影響を及ぼさないことを見誤ったもので刑法第一〇條第三項に違反するものである。

よって、刑訴第四四六條に従い主文のとおり判決する。

この判決の主文は裁判官全員の一致した意見であり、理由は裁判官真野毅、同岩松三郎の多數意見による。

(裁判長裁判官 齋藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

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